初夏。


まだ積乱雲が空を彩る前の季節。

潮風が香る海辺の小さな町に住む、海津匠(かいづ たくみ)はごく当たり前の生活を送る1人の青年。

いつものように朝を迎え、もはや日課となってしまった義妹の沙奈(さな)を起こす。

なんて事のない1日の始まり。



何処か違っていたのは、幼馴染みで隣人の波多野小奈美(はたの こなみ)と

キッチンで朝の挨拶を交わした時、胸の奥が少しだけずきんと痛んだこと。


「好きな奴、いるか?」


それは修学旅行の夜、親友で腐れ縁の船田治(ふなだ おさむ)が言った何気ない一言。

男子なら誰もが話題にするその言葉に、匠は惹かれた。

今まで避けていたわけでも、忘れていたかったわけでもない。



ただ気づかなかっただけで。

その時、匠の中で何かが変わってしまった。



見慣れた幼馴染みの顔を見て、落ち着かなくなるなんて事は今までなかったし、

治や小奈美と同じクラスメート、海老塚信乃(えびづか しの)と挨拶を交わして、

あろう事かどぎまぎしてしまう。



さらには、学園で噂のお嬢様、島津若菜(しまづ わかな)と出会い、

沙奈の親友で、同じクラスの天野千輪(あまの ちわ)に振り回され、

新任で担任の七緒日向子(ななお ひなこ)には、ハラハラさせられて胃が痛くなりそう……。



ぼんやりと恋について考え始めた匠は、

必死に彼女を作ろうとする治を見て、感じ方の違いに焦りを覚えた。



どくとくの甘酸っぱさを噛みしめながら、青く続く空に思いを馳せ、

彼女たちと様々な想いを交えながら、季節は真夏へと移りゆく。



恋への一歩、夏への一歩、大人への一歩を踏みしめて。


「いつかこの夏を思い出す時、笑えたらいいな、そして側に誰かが居たら……」


匠は、そう思い立った。



遊んでいられる最後の夏。

人を好きになること。

誰かを好きになること。

始まりは何気ない一言。

一瞬の輝き。

今、僕たちの季節が始まる――